お店番スタッフおーた企画の第10回目です。
今回は広く、家事全般について。
SNSなどで「#丁寧な暮らし」を目にする機会も多い昨今。
自分にとって、暮らしとは。考えさせられます。
おじさん2人のゆるトーーク。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

お店番おーたと主夫さいとうが交わす、趣佳とはほとんど関係のない話を不定期にお届けします。

暮らしにまつわる話が中心なので、全く関係がないわけでもない(という願いも込めて)ということで「の、むこう。」という名前にしました。

おーたの「これ、どうなんでしょう?」という大して意味もない質問に、家事好きさいとうが無駄に真剣に語ります。真剣ではありますが、趣佳のことはあまり念頭にありません。

さいとうは家事好きですが、別にカリスマでもスーパーでもないので、これを読んで人生が変わることも、運が向いてくることもないと思います。
多分。

第10回 炊事、洗濯、家事親父

おーたさん

この歳になって人生で初めて家事と向き合っています。

さいとうさん

初めての一人暮らしですか?

おーたさん

一人暮らしって何ですか?って感じです。
もちろん今まで一度たりともしたことがありません。

さいとうさん

なかなか稀有な人生です。
だって、ずっと誰かしら家事を代行してくれる存在があったということでしょう。
ぼくなんて独身の絶対王者、家事のロワイヤルと呼ばれていたくらいで、自慢ではないですけれど、結婚生活よりも独身時代の方がまだまだ長いです。

おーたさん

実家暮らしが長く、勤め先の寮生活もありましたし。。。
さいとうさんの家事能力は独身時代に磨かれたものですね。
そんなわけで早速、さいとうさん、家事ってどうなんでしょう。

さいとうさん

ちょっと待ってください。
僕も寮生活をしたことがありますが、遅く帰って風呂(共同風呂)に入ろうとすると入浴剤かな、と思うほどお湯がとろりと濁っていたり、バスマットから水虫をうつされたりしました。屈辱以外の何ものでもありません。廊下に充満する異臭をたどると、洗濯していない汚れ物が乾燥機で回っていたこともあります。
寮暮らしにはろくな思い出がありません。早く一人暮らしがしたくて仕方なかったです。

おーたさん

あまり衛生的ではなかったようです。

さいとうさん

もう一言。
ぼくの結婚が遅かったのは、人格の問題が多少はあるにせよ家事を手放す決心がつかなかったのも一因です。
性別と家事分担の議論って、何をずれたことをいっているのだ、としか思えませんでした。
小学生の時、刺繍にのめり込んだことがあり、おかげで「さいほうくん」と呼ばれていました。
「さいほうじゃあない、ししゅうだ」と心の中でささやかに反論したものです。
そういう意味では、ぼくは理想のパートナーと出会えたと思っています。

おーたさん

その点は大賛成です。
家事のために趣佳への納品が遅れたり、作品数が少なくなるなんて許されないことです。
さいとうさん、これからも家事にいそしんで下さい。

さいとうさん

言われなくとも。

おーたさん

ようやく本題に入りますか。
家事が待っています。

さいとうさん

家事というのは一般的に炊事、洗濯、掃除、買い物などとされます。
ぼくはもう少し広く捉えていて、語るべきことは多いです。
おかげで前回の洗濯の話からずっと考え続けることになってしまいました。

おーたさん

さりげなく間が空いた言い訳です。実に長考でした。

さいとうさん

いや、本当に。
例えば、郵便受けに入っている郵便物、ちらし、広報誌の類を取り出し、仕分け、それぞれ処理するのだって家事です。
廃棄するなら廃棄場所、保管するなら場所、方法、期限を決めるのも家事です。
ほったらかし、というのも一つの意思決定という家事です。

おーたさん

僕は請求書以外は全てゴミ箱です。

さいとうさん

その判断自体が家事だと思います。
いうなれば、生活をデザインし、細部に落とし込み、実践していくことではないでしょうか。
どういう暮らしがしたいのか、そのために何をするのか、しないのか、するのであればどの水準までするのか、そして最後に実践です。
家事というとこの実践面について語られることが多いと思いますが、ぼくはもっと上位概念も含めての家事だと考えています。

おーたさん

そこまで広いのですか。

さいとうさん

料理なら、献立とレシピを決め、必要な食材と調理器具、食器とカトラリーを揃え、食べ終えたら洗い物を片付け、ゴミを始末し、台所を綺麗にし、器具や食器を元の場所に戻す、というところまで含むのだと思います。
いわゆる男の料理とやや揶揄気味に言われてしまうのは、一部だけ切り取っておいしいところどりしているからだと思います。あれは家事ではなく、趣味でしかありません。

おーたさん

最近家に帰る時間が早くなりました。家のことが色々気になってふらふら飲んでいられません。
家事が待っています。

さいとうさん

代行してくれる人がいないということはそういうことだと思います。
他人に委ねていた責任を改めて引き受けるのは最初はなかなか大変です。

おーたさん

随分と色々してくれていたんだなぁ、と今頃になってわかりました。

さいとうさん

最近は便利家電がどんどん出てきて、実践段階の負担は劇的に軽くなっていると思います。
でもぼくは洗濯機のスイッチを押すこと自体は家事だと考えていません。それは単なる機械の操作です。
むしろ、クリーニングに出すのか、手洗いするのか、洗濯機で洗うなら、洗い物を仕分けたり、洗う頻度を決めたり、適切な洗剤を選択したり、洗い終えた洗濯物を干したり、たたんだり、収納したり、その収納場所や収納方法を決めるのが家事だと思います。

おーたさん

その通りです、と今なら言えます。

さいとうさん

だから、おーたさんが請求書以外全て廃棄するというのも立派な意思決定で、それはもう家事だと思います。
丁寧に実践することだけではなく、「しない」という意思決定自体が家事だとぼくは考えています。

おーたさん

じゃあ、僕もしっかり家事をしているということですね。

さいとうさん

はい。
そしてその結果実現されているのがおーたさんの暮らし、ということになります。

おーたさん

責任は僕にあると。

さいとうさん

その通りです。しないことも含めておーたさんの意思です。

おーたさん

しないことも家事ですか。

さいとうさん

はい。
だからどんなに便利な家電が登場しようと家事はなくなりはしないし、どんなカリスマ家政婦も全ての家事を担うことはできません。
最近ホワイトニング機能のある洗口剤を使っていて、1分間クチュクチュし続けなければなりません。1分間鏡に向かって変わり映えしない自分の顔を眺めていてもつまらないのでフロアワイパーで掃除をしています。ヒト型自動掃除機です。
勝手に掃除してくれるので、パートナーには「ルン爺」って便利だね、と言われています。

おーたさん

それはなかなか便利そうです。
ところで家事の値段という話を時々聞きます。あれはどうなんでしょう。

さいとうさん

貨幣価値に換算したら、という話ですね。
あんまり意味はないと思っています。
『資本論』で、マルクスは「自分の生産物で自身の欲望を充足させる者は、使用価値は作るが、商品は作らない」と言っています。

おーたさん

マルクスまで出てくるんですか。

さいとうさん

読み通したことはないです。でもこの一文は含蓄に富むものだと思っています。
自分の労働力を自分のために使うのって、自給自足か趣味の世界で、これらは「商品」ではないので資本主義から切り離されている。
家事もそういう文脈で考えればいいのでは、と思います。
「商品」じゃないから値段のつけようがない。プライスレス、です。
どうしても貨幣換算したいなら家政婦市場に出てみればいい話だと思います。

おーたさん

しかし、家政婦も家事全てを担うことはできない。

さいとうさん

はい。
資本主義は労働者が自らの労働力を商品として売ることの上に成立しているので、自分の労働力を自分のためにしか使わなければその限りにおいて資本主義から離れていることができるんじゃないかと、一人で夢想しています。
お金にはなりませんが、お金で買うことのできないことをしていると思っています。

おーたさん

マルクスを出さなくても、さいとうさんの家事は趣味、と理解してしまった方がわかりやすい気がします。
家事の話に戻りましょう。

さいとうさん

家事は楽しい、ということです。
なんでも貨幣価値に換算してしまうより、貨幣の及ばない領域で一人遊んでいる、とぼくは考えているのです。

おーたさん

そんなことをこの長い休載期間中に考えていたのですか。

さいとうさん

休載じゃあないです。
家事について考えるのも、実践するのもそれくらい難しい、ということです。
でも楽しいですよ。自分の生活を自分の好きなようにデザインして、実践するのですから。
おーたさんも面倒くさがらずに、向き合って欲しいです。

おーたさん

さいとうさんの「家事好き」って、一つ一つの家事というより、それによって成り立つ暮らし、生活全体のことだったんですね。

さいとうさん

昔ヤエちゃんに、「さいとうさんの暮らしは、ある種の作品のような気がしていて」と言われたことがあります。素敵な表現で、控えめに言って嬉しかったです。
続けて彼女は「平熱でできる暮らしのたのしみのようなものを改めて大切にしていこうと思いました」とも言っていました。

おーたさん

早いものでヤエちゃんが(志半ばで)旅立ってから1年が経ちます。
家事はヤエちゃんの苦手分野でしたが、体調が悪くなってからも「暮らしをたのしむ。日常をたのしむ。」をずっと目指してたんだと思います。
この言葉は変わらずに趣佳のテーマで、僕もそこを目指して楽しみながら家事に向き合いたいです。

おしまい

タイトルイラスト:小林あつ子
https://atsukokobayashi.tumblr.com/

 

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